An Editor in columns コラムの中の編集者
ロシア文学を専門に出版している群像社の編集者がつづるエッセイ、日記、本の周辺をめぐる話から日々の雑感
この言葉の飛行距離は?
 日本独特の「私小説」を自己暴露の儀式ととらえた評論を読んで、なるほどと思ったことがあった。その本がすぐに手元に出てこないので正確な引用はできないのだけれど、「自己暴露の儀式」としての私小説がいかに近代日本の文化のなかで肯定的に受けとめられてきたか、それを著者のドイツ人女性が説得力をもって検証していたと記憶している。

 いま、その本のことを思い出したのは、ブログという最近の表現形態が、人によっては自分の秘め事を他人に見せているにすぎず、まさに「自己暴露」の横行にしか見えないらしいということを知ったからだ。他国の状況は知らないけれど、もし日本で増殖しているブログの内容がもっぱら自己暴露的であるとすれば、日本の近代以降続いてきた「私小説」の伝統はここにきて一気に「一億総私小説作家」にまで立ち至ったと見ることができるのかもしれない。

 もちろん、いまネット上にあるすべてのブログに目を通してその中身を断じることができるほどのツワモノが、
うまく言えない言葉
まだいまよりは若かった十代、二十代の頃、読む本を選ぶときに、著者が物故者かどうかを基準にしていたことがあった。いつも死んだ人の本ばかり選んでいたのは、人は死んでから変節することはないだろうという安心感があったからかもしれない。そのうちそれは単なる遺作嗜好のようなものになって、生前まったく関心をもっていなかった作家でも、亡くなると急に最後の作品を読んでみたくなるということがしばしばあった。三島由紀夫を読みはじめたきっかけはたしかそれだったし、石原慎太郎も自分が高校生の頃死んでいればきっと全作読み漁ったにちがいない。

じつはその傾向はいまでもをひきずっているところがあって、最新のベストセラーは相変わらず苦手だし、現役バリバリの作家の本に手をのばすことは、なんとなく敬遠している節がある。たまに読むにしてもたいがいはひとまわり以上の年長者の手になるもので、それもこの人には生きているうちに裏切られることはないだろうな、と思う相手ばかりを選んできた気がする。

ところがどうしたわけか今年は、ここのコラムで書いた三崎亜記にはじまって、偶然のアキつながりとなった佐藤亜紀がきて、ついいましがた読み終わったのがリリー・フランキー。
残される言葉
ひとは生まれてから死ぬまでの間に、どれだけの言葉を発し、どれだけの言葉を書き残すのだろうか。最初の言葉が口から出てきて、最後の言葉がひきとる息とともに口の奥にのみこまれていくまでに、ひとりの人間から発せられた膨大な量の言葉は、そのほとんどがどこにも痕跡を残すことなく消えていく。耳に残る言葉というものはあっても、それも聞いた人間が書き留めないかぎり、聞き手の死とともに、その言葉は消えていく。
人間は言葉を消さないために、残されるべき言葉を選んで書き留めてきた。石であれ紙であれ、木片や粘土板であれ、文字によって書かれた言葉は残り、あとからそれを読む人間よりも、ふつうは長く生きつづける。それでも、人間の歴史がはじまって以来、そうして書かれた言葉の量は、話された言葉の量に比べたら、圧倒的に少ない。

書き言葉を習得することすら、ある時期までは一部の階層に限られたことで、言葉を書き残すことも、手段と機会に恵まれた人間にしかできることではではなかった。それだけに、書き言葉は話し言葉に比べたら、はるかに厳選されたものであったはずだ。いまでも1冊の本をつくる場合を考えると、最初に書かれた言葉の山は、ふつうは削りとられ、磨きあげられ、減量された結果として本になっている。そのはずだ。