An Editor in columns コラムの中の編集者
ロシア文学を専門に出版している群像社の編集者がつづるエッセイ、日記、本の周辺をめぐる話から日々の雑感
紙とウェブ
ここ数回、言葉について書いていたのは、じつは紙の上に載ることになるはずの原稿の下書きの(といって悪ければ、下準備の)つもりでした。はたして、ブログ上で書くのと、紙の上に載せるために書くのとでは、大違い。書いたものについては掲載号ができてきましたらまたお知らせします。
ある人類学者が、たとえばノートひとつとっても、記録可能な範囲が制約されることによって観察したものの記録も制約されるというようなことをどこかに書いていましたが、原理的には分量無制限のはずのブログは(読んでもらうことを考えると)視覚的な限界を想定せざるをえず、言葉はどうしても短期決戦的なものとして、短く切り詰めざるをえないものなのかと、思いました。